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月刊 吉田隼人

「月刊 吉田隼人」は「率」同人の吉田隼人による短歌評論連載です。
「率」ホームページでの連載が基本になりますが、媒体を跨ぐ場合もあります。
(その際にはここでお知らせします。)
ご期待ください。


1月号「「愛について」について」(藪内亮輔連作評)
   →『早稲田短歌四十一号』をご覧下さい。

2月号「雪が降ったら傘をささねばならない(のか?)」(小池光一首評)

3月号「おっぱいから皮膚へ」(山中千瀬一首評)

4月号「包摂と破綻」(井上法子評)

5月号「言葉も物も」(望月裕二郎論)
  →文学フリマ限定フリーペーパーに掲載

6月号「ゐもり」を詠む あるいは茂吉と邦雄と『赤の誘惑』(斎藤茂吉と塚本邦雄)

7月号「無差別から定義へ ――佐伯紺をめぐる断章」(佐伯紺評)
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月刊 吉田隼人 7月号「無差別から定義へ ――佐伯紺をめぐる断章」

言葉は悲しいぐらいに無差別だ。大雪のバレンタイン・デー、やや遅れて歌壇賞の授賞式に駆け込んだ僕ははずむ息を整えながら、入口で手渡された受賞作のプリントを読み進めるうち、そんなことを考えた。その受賞作、佐伯紺「あしたのこと」30首(『歌壇』2014年2月号)から引こう。

  たぶん誰でもよかったのです缶詰の桃のくぼみに親指が沿う
  悪さして走るその目に映り込むすべてをきらきらにして逃げ切る
  帰る場所などなくていいあちこちでみんなが好きと叫んでまわる

 壇上では、審査委員の今野寿美が講評を続けている。「生きづらさ」「息苦しさ」といった言葉が聞こえてくる。それでも前を見据えて生きる、という言葉も聞こえたような気がする。ともあれ、佐伯紺という作者が現代の若者に特有の(ものとされている)生きづらさとか、息苦しさとか、そういうものを体現した短歌を詠んでいるのは確かだろうと、入口で預けそこなった雪まみれのコートを持て余しながら僕は思う。現代の若者はその「生きづらさ」「息苦しさ」の果てに、たとえば通り魔のような犯罪を起こしてしまう。そんな紋切型を考える。選考座談会の記録を見ると、この「たぶん誰でもよかったのです」という、犯罪者の供述として僕たちがよく耳にするフレーズの引用について、やはり今野が言及している。無差別殺傷事件の犯人から借りてこられたようなこの「無責任極まりない」一節を取り上げて今野は、その無責任な発言を「自分で反芻」して「人間の弱さをあえて突きつける」ような「若い世代なりに、ちゃんと考えている人」と佐伯を評する。
 それでも、と落ち着きなくコートをいじりながら、僕はなお考える。たとえ批判的な視線を内蔵したうえで「反芻」しているのだとしても、佐伯の言葉にはあまりに多くの通り魔予備軍が、無差別殺傷犯予備軍がひそんではいないだろうか。「その目に映り込むすべてをきらきらにして逃げ切る」のは可愛らしい「悪さ」のように見えて、個々の存在をすべて「きらきら」へと無差別に還元してしまう暴力を潜在的に孕んでいる。この「きらきら」が「血まみれ」に置き換えられてしまったら、途端にこの「悪さ」は笑い事ではなくなってしまう。それではただの犯罪だ。この暴力に気付ける感受性の持ち主ならば「みんなに好きと叫んでまわる」という愛の発露にも同じような暴力を感じとるのはそう難くないだろう。「帰る場所などなくていい」と自分から退路を絶って、あちこちで無差別な「みんな」に浴びせられる言葉が「好き」だったからまだ良かったようなものの――愛の言葉だって立派に一個の暴力ではあるけれど――、ここを「死ね」に置き換えるとまたしても、あの「無責任極まる」無差別殺傷犯人のおもかげが浮かんでくる。≪降りたことない駅ばかり増えてゆく日々ひとが死ぬ話はずるい≫(「距離とは余白」10首、『朝日新聞』東京版、2014年2月18日夕刊)も、恐らくは「降りたことない駅」の名前をそこで起こった人身事故の報を聞くたびに覚えてしまうといったぐらいの意味で、直接的に作中主体が暴力を振るうわけではないものの、やはり個々人の死を「降りたことない駅」「ひとが死ぬ話」とひとしなみに括ってしまう、現代社会そのものが孕む暴力性のあらわれた一首だ。
 もちろんこの暴力性は他人を殺傷するところまでいかないところに留まりつづけるし、佐伯紺は通り魔犯人ではなく、あくまで歌壇賞受賞者として、精いっぱいのおめかしをして会場の前のほうに座っている。「缶詰の桃のくぼみに親指が沿う」。この親指が傷付けうるのはせいぜい、シロップに浸かってぶよぶよに柔らかくなった缶詰の桃ぐらいのものだ。むしろ缶詰のふちの切り口でかえって自分が傷付いて≪うっかり切った指に心臓が宿って私とおんなじように脈打つ≫とか≪こういう風にして切り傷ができるからさびしくなってからでは遅い≫というようなことになったりする。特に前者は思わず読者まで指先にまぼろしの痛みを感じてしまうぐらい、リアルな身体感覚を切り取った一首である。
 ときおり歌のなかで通り魔じみた横顔を見せる佐伯はしかし、缶詰のふちで傷付いてしまう指先と同じぐらい暴力に対して敏感な歌人でもあった。その敏感なセンサーはもちろん、自分の内側にうずまいている暴力をもしっかりと捉え、歌に定着させる。一年前に歌壇賞の候補作になった「選ばれて春」30首(『歌壇』2013年2月号)から何首か、そうした作品が思い出されてくる。

 右手はぐー/左手はちょき(殴る/刺す)、追い風で遠ざかる雲たちへ
 蜘蛛の糸に留められているしずくたちを起こさぬように名前をうばう
 あっけなく握りつぶせるものとして絹という字に棲む繭がある
 握力でみんななくしてしまいたいやわらかくくびれた抱き枕
 踏みにじりたい人ならばいることを申し訳なく思っています

 自分は殴り、刺し、奪い、握り潰し、踏みにじることのできる存在だということが、ここでは既に十分に自覚されている。暴力の向かう先は人ではなく、雲だったりしずくだったり絹という字だったり抱き枕だったりするわけだが、それも「雲たちへ」「起こさぬように」「棲む」と生命をもつものとして見られていて、たとえば「抱き枕」が人間を抱きしめたいという欲望を手近に済ますための代替物としてあるように、モノに向かうものも含めて自分のあらゆる暴力性が、本来は人間に向けられるべきそれの代償行為にすぎないということを、佐伯紺は(きっと)よく理解している。そのうえで自分の暴力性をごく控えめに「申し訳なく思って」、なんとなく居心地悪そうな顔をして受賞者席に座っている。「絹という字」の中にさえ脆くて壊れやすい「繭」を見てしまうその目があるからこそ、受賞作で自分の言葉に内在されている無差別性という、通り魔的な、暴力的な顔をえがきだすことができたのだろう、というふうに、僕は少し最初の考えを修正する。≪やみくもに飛び回る蠅を見て気づく私は怒り方を知らない≫(「選ばれて春」)、≪やさしさがわからないまま殴っても痛くないものばかり集める≫(「あしたのこと」)といった歌からも、自分が感情を理解も制御もできないという暴力性へのはっきりとした自覚と、どうにかその感情を爆発させないよう、蠅が飛び回っていても「見」ることにとどまったり、あらかじめ自分も他人も傷付けることのないように「殴っても痛くないものばかり集め」たりするような、可能な限り倫理的であろうとする努力が垣間見えるではないか。
そういえば「選ばれて春」30首の表題歌≪雨つぶに選ばれて春てのひらに映る私が私をみてる≫も、ヒトやモノを普遍化することでそこから個別性を奪い去ってしまう言葉の――そして、その言葉をあやつる自分も含めた人間の――本来的な無差別性、暴力性といったものへの省察を裏返すことで生まれた一首かも知れない、と考えてみる。雨粒は「すべてをきらきらにして逃げ切る」悪人の目と同様、あくまで偶然かつ無差別にいろいろなものを映しだすけれど、そこで無差別に、偶然に映しだされた自分の像を積極的に「選ばれて」あるものだと解釈しなおすところに、単なる無差別な暴力の応酬から一歩先へ踏み出そうとする佐伯紺の(こう言ってよければ)前向きさ、強さといったものを見てもいいだろう。
 そうした言葉の無差別性、偶然性という暴力を脱臼させるかのように、彼女はしばしば言葉のあそび、論理のあそびとでも呼びたくなる歌を織り交ぜてくる。目の前でそろそろ手汗にじっとりと湿ってきた受賞作のプリントにはまだ戻らず、もう少し一年前の候補作「選ばれて春」の歌を見てみよう。

 もう歩かなくてもいいのまぶしいとまずしいの差も考えないの
 でたらめに舞う紙吹雪 5年目は並びかえるとごめんねになる

 「まぶしい」と「まずしい」、「ごねんめ」と「ごめんね」。書き出してみれば他愛もない駄洒落ではあるけれど、光の眩しさのなかに貧しさという悲しみを見出したり、五年目という時間のなかにごめんねという謝罪の言葉を見出したりするまなざしは、自分の暴力性から目をそむけずに「申し訳なく思って」いたのと同じ歌人の内省的、自己批判的な心性の発露であり、誤解を恐れず単純な言葉に翻訳してしまえば、言葉そのものがもつ不可避的な暴力性を駄洒落の軽く乾いた笑いによってしなやかにすり抜けて読者へ届けられる、一種の「やさしさ」である。ここまでわかりやすい駄洒落ではないけれど、受賞作「あしたのこと」にも言葉そのものと向き合おうと試みた歌がいくつも見られる。≪門という字の前に立つ警備員が誰も来ないと言って立ち去る≫や≪点過去と線過去という文法があってあたまの中は星空≫といった歌はそれぞれ、門という漢字を本物の門に見立ててその前に警備員を立たせてみたり(もちろん字のなかに入ろうとする人なんていないから、警備員は仕事がなくなって立ち去ってしまう)、外国語の文法書に出てくる過去時制の分類を本物の「点」と「線」に見立てることで、そこにやはり点を線でつなぐことで生まれてくる満天の星座を見付けてみたり、言葉そのものを事物のように取り扱うことで異化効果を生もうとしている(このあたりに先行する歌人として望月裕二郎の影を見てもいいだろう)。また≪引用をつなぎあわせてとびきりの乱丁本になりたいのです≫の一首には、自分自身がさまざまな言葉の「引用」のツギハギで出来た「乱丁本」にすぎないという切実な自覚と、それを引き受けようとする(少し悲壮な、あるいは、やけくそ気味の)決意が見てとれる。引用の織物としてのテクスト、というときのロラン・バルトの優雅な手つきからはだいぶ離れた「ざらざらした現実」(ランボー)の手触りを知ってしまってなお、その≪新しいものなどなくて配合が変わってくだけ 両目を閉じる≫(受賞後第一作「生活と称した呼吸」30首、『歌壇』2014年3月号)という荒涼たる言葉の現状を受けとめるには、やはり一通りでない強さと覚悟と、それにさっき言ったような意味での「やさしさ」が求められる。そんな覚悟と「やさしさ」が同時にあらわれたような一首を、髪についていた雪がいつのまにか融けてしたたった水滴のせいで文字がにじんでしまったプリントの、受賞作のなかにも僕は見出すことができた。

 話すことは手放すことだいまは泣くしかできないひとに砂漠を

 これも「はなす」と「てばなす」の駄洒落だけれど、言葉を発するとき常に自分が何かを手放してしまっているという悲しい現実をそのままに受け容れて、そのうえで「いまは泣くしかできないひと」と真摯に向き合おうとする。そのひとのためにわたしがかけられる言葉、すなわちそのひとの涙をぬぐうためにわたしが与えられるものは、たとえばハンカチやティッシュのように適切なものではなくて、同じ吸水性のあるものにしても「砂漠」のようにいくらなんでも過剰にすぎる、ともすればそのひとにとって暴力にも転化してしまいかねないようなものだけだ。それでも泣いているそのひとに自分が話せる=手放せる精一杯のものとしての「砂漠」を渡すことは、まさに覚悟に裏打ちされた「やさしさ」と言っていいだろう。あるいはこうした態度に与えるには、≪あたたかい雨が浴びたいささやかな祈りの有効期限は明日≫(「選ばれて春」)、≪靴ひもがほどけたまんましゃぼん玉吹きつづけてた お祈りまみれ≫(「あしたのこと」)、≪すぐに祈る人たちの横すり抜けてもらった言葉を灯して歩く≫(「距離とは余白」)、≪ぬかるみに春を傘には愛称をきみの負け戦には祈りを≫(「距離とは余白」)といった歌にみられるように佐伯の偏愛する「祈り」という呼称のほうが適当かも知れない。(※もちろん、この「祈り」という語には単なる宗教的な意味以上に、たとえば就活生の間で流布している「お祈り」=不採用通知、というスラングの苦い響きを聞き取ることもできなくはないわけだけれども。)
 言葉はどこまでも無差別な暴力性を帯びているけれど、そもそも言葉を介さなくては決して他者とつながりをもつことはできない。それゆえ佐伯はその暴力性を、無差別性を痛いぐらいに自覚しながら、それでもなお「祈り」にも似た言葉を紡ぎつづける。暴力と祈りという言葉の両義的な性格のなかで佐伯は少しずつ、この論の冒頭で掲げたような「無差別性」の発露とでもいうべき、もう講評を終えて自分の席に戻ってしまった今野寿美の選評を今一度借りるならば「無責任極まりない」ところから脱し、その先の境地を探ろうとしているように思われる。何首か引くことにしよう。

  ささくれを言い訳にして下を向く春の終わりは夏のはじまり(「選ばれて春」)
  死ぬまでは生きるのだから 朝焼けがうつくしいのは曇りのきざし(「あしたのこと」)
  早起きの五時/夜更かしの二十九時 誰にとっても夏なのですか
  炭酸は目を覚ます棘 味方とは敵になりうる人のことです
  溶かしつづける水、溶けつづける氷、音が鳴らせるなら氷水
  立ち並ぶビルがいちいちまぶしくて光源は見えないけれど朝(「距離とは余白」)

 あらゆるものから個別性を奪って普遍化してしまうのも言葉なら、名前を与え、定義を与えることで差異をみとめ、個別性を付与するのもまた言葉である。その両義性を利用するかのように佐伯はあるものとあるもののあいだにある境界に目を凝らし、定義を与えることで事物にふたたび個別性を回復させようと試みるようになってきた。春と夏という季節の境目(「生活と称した呼吸」には≪手をつなぐ きみが季節の変わり目に産まれたことがわかる気がする≫という相聞歌=「季節の変わり目」への愛を詠った歌もある)、死と生の境目、早起きの人にとっての五時と夜更かしの人にとっての二十九時の境目、味方と敵の境目、水と氷と氷水の境目、似通っているようで実は細かな差異があるビルとビルの境目、そして光を反射するビルの窓とその元になる不可視の光源との境目……。きわめてあいまいでファジーな領域に、しかしその両面をそれぞれ捉えることのできる佐伯の目は、それらを差異化=微分することでそれぞれに個別性を回復させていく。こうした「境目」への注目、そしてそれと一体になった「定義」への欲求といった傾向は受賞後第一作「生活と称した呼吸」(このタイトル自体も一種の定義として読める)においてより顕著になる。

  終わりの日を設定しますそれからは冬の花火のような日々です
  牛乳の賞味期限が来月になったら焦る頃だと思う
  正夢はみるものでなくつくるものきみに別れを告げるこれから
  包装を剝ぎとる聖夜 居場所とは居る場所なのか居た場所なのか
  ほんとうにおなじ朝焼け? 長電話の理由問えないまま白い息
  信号は夜でも律儀 親しみは座標ではなく記憶に宿る
  濡れるところ濡れないところの境目のまっすぐ上が屋根のはじまり

 佐伯の目はここに及んで、単に「境目」を発見するだけでなく、むしろ積極的に定義をおこない、差異化=微分を進めるようになる。現在と「冬の花火のような日々」という未来を画する「終わりの日」は主体自らによって設定されるし、あらかじめ設定された「牛乳の賞味期限」を基準にしつつも、それとは少し別なところに「焦る頃」を自分で設定する。積極的に「きみに別れを告げる」ことで単なる夢を「正夢」として「つくる」のもかなり能動的な定義の動きといっていいし、「居場所」「朝焼け」といったそれまで万人にとって自明のものとして通用していた言葉は、改めてその詳細な定義を問われることになる。雨や雪のために地面が濡れているところと濡れていないところの「境目」を発見する目はもちろん健在だが、地面に向いていたその目をさらに上に向けなおすことで、そこには「屋根のはじまり」という新たな定義がさらに付与される。「親しみは座標ではなく記憶に宿る」という、否定の言辞を伴うことでよりその積極性、能動性を増している定義付けの下句には、そうした「定義を与えるもの」の象徴のように「夜でも律儀」な信号が配されている。同じ信号でも≪交差点の信号がみな赤になる一瞬ずつを集めて投げる≫(「選ばれて春」)の暴力的にひとまとめにされた「信号」とここでの信号とは、だいぶその意味合いが違ってきているのがわかるだろう。こうした定義へのまなざしは事物のみならず自己を含めた人間の感情にもまた向けられる。先に引いた≪やみくもに飛び回る蠅を見て気づく私は怒り方を知らない≫(「選ばれて春」)、≪やさしさがわからないまま殴っても痛くないものばかり集める≫(「あしたのこと」)のような歌にみられる、自分で自分の感情を理解できていない主体像とは違った側面が「生活と称した呼吸」にはあらわれている。

  さびしさを知るということしずしずと身体をむしばんでいく好意は
  踏みしめるたびに押しつぶされる雪 よりつらいのはどちらだろうか
  どうなりたいんだろう私はタバスコをかけると辛いパスタを前に
  どちらかと言えばいいえに丸をして笑おうと決めてから笑った
  海にひらいた傘を沈めてかなしみの無いかなしみにくれるあなたに

 好意のために身体をむしばまれながらも、この主体はそこから「さびしさ」という感情を切り出して認識することができる。単に「つらい」という感情を吐露するだけでなく、踏みしめる自分と「押しつぶされる雪」のどちらが(あるいはこの連作中で別れを告げる「私」と告げられる「きみ」のどちらが)つらいか、その多寡または濃淡を量ろうという意志も生まれる。パスタにどれぐらいタバスコをかけてどれぐらい辛くするか、といった些細な選択を前にしても、自分自身の意思を「どうなりたいんだろう」と自問自答することでなんとか一個の定義として取り出そうとする。はい/いいえ、の二択では答えにくい問いかけにも「どちらでもない」「わからない」ではなく、消極的ではあっても「どちらかと言えばいいえ」という意志判断のなされた選択肢によって答えることで、自分でもはかりかねていた自分の意志や感情に定義を与えようと試みる。だからこの主体は「笑おうと決めてからわらった」というように、あくまで感情を意志によって決定、制御しようとするのである。そしてこうした目は単に自己の内面に向かうだけでなく、「あなた」の「かなしみの無いかなしみ」という、他者の感情の繊細で複雑な機微をも汲みとろうとするまでになった。それまで感情が理解できずにいた状態の主体であれば、「かなしみの無い」ことは単に感情の欠如、理解不能な無感情としてしか理解されなかったはずが、その「かなしみの無い」こと自体もまた一段階大きな「かなしみ」であるという視座を獲得することで、より「あなた」の心のこまやかな襞を読みとれるようになっている。言うなれば、自己に対しても他者に対してもより「やさしく」なったのである。(※「生活と称した呼吸」以降の「距離とは余白」でも≪激しい感情しか読み取れない異国語できみについての演説をする≫のように、細やかな感情を読みとることを拒絶するような言葉に遭遇してもなお、言葉を尽くして何とか「きみについての演説」を成し遂げようとする主体像は変わらず存在している。)
 念のために補足しておけば「生活と称した呼吸」30首は、恐らくは静かに終わりつつある恋愛を詠んだ一連である。これまで「定義」というまなざしを獲得したものとして肯定的な意義を付与して僕が引いた歌の多くには、恋の終わりの苦くて傷付きやすい心情が盛り込まれている。作中主体と作者を混同するわけではないけれど、さっきからお祝いの言葉を言われるたびに少し翳のある表情で会釈を返す佐伯のすがたを見ていると、同じ「生活と称した呼吸」のなかでも≪おめでとうと言われるたびにうれしいの形にくぼむ精神を買う≫という一首を思い出してしまう。恋愛うんぬんはともかくとしても、自分の感情にまでいちいち定義を与えていこうとする意志の強さを僕はこれまで肯定的に、作中主体の(そして同時に短歌作者としての佐伯紺の)成長・進歩と捉えてきたけれど、そこには逆に、すべてを言葉によって定義付けられてしまうために「うれしい」という感情もどこか他人事のようにしか受け取れないという負の一面もまた確かに存在するのであった。

  遠くまで行ける光だ気まぐれにお札を入れてみた券売機(「あしたのこと」)
  改札のまるい拒絶にいつの日か滅ぶかもしれない磁気定期(「生活と称した呼吸」)

 その証左のように、同じような題材を扱った二首でも、受賞作と受賞後第一作とではこんなにトーンが違っている。「あしたのこと」に見られた無差別性、無責任さは、裏を返せば自由や未来への希望とも結びつくものだった。ほんの気まぐれで通り魔を起こす……のではなくて、ほんの気まぐれで券売機に小銭ではなくお札を入れてみる。すると券売機の画面が光って(あるいはボタンに光がともって)、自分で想定していた行先よりももっと「遠くまで行ける」切符も買えることを示される。実際には行動に移さないにしても、遠くへ行けるかも知れないという思わぬ解放感が生まれ、一首全体にも「光」がさして見える。この無責任さゆえの解放感、そしてそこからさしてくる「光」は、受賞作以前の「選ばれて春」においても≪傘はない雨も嵐も鳴けばいい。徹底的に負けたいのです≫や≪雨の中走るいま一生ぶんの相合傘を体験してる≫のような爽快な青春歌に漂っていた明るさと同根のものだ。「あしたのこと」までの佐伯の歌に顕著だった無差別的でともすれば無責任ともとられかねない言葉の在り方は、一方でこうした優れた表現にも結実しうるものだったわけである。
 しかし反対に、あらゆるものごとに個別の定義を与えていこうとする「生活と称した呼吸」では、磁気定期のなかでもチャージ金額が足りなかったり、何かの具合で磁気に不調をきたしていたりするものは容赦なく、自動改札のあの「まるい」タッチ部分に「拒絶」されてしまう。同じ「定義を与えるもの」の象徴となる機械でも、先に引いた「信号」の好感をもって描写される律義さとはちょうど裏返しで、自動改札は磁気定期に不具合をきたした「私」のことをあくまで「律義に」拒絶するのである。「あしたのこと」では電車に乗ってからも≪電車の窓の広告の絵の中の窓 深呼吸できる気がした≫と、電車のなかにあるささやかな「遠く」に解放感や落ち着きの続きを見出すことができるけれど、「生活と称した呼吸」では≪箱舟に乗り込むところだったのにきちんと最寄駅で目覚めて≫と、改札で「拒絶」された後味の悪さを引きずったまま、災い多き現実から救ってくれるはずの「箱舟」にもやはり拒絶されて、もとの現実の「最寄駅」で夢から覚めてしまうという苦々しい場面に帰着する。先に少し触れたように、定義という「やさしさ」は単なるやさしさではなく、常にこういった負の側面と向き合う「覚悟」をも要求するものなのだ。
 さらにダメ押しをするようだが、「生活と称した呼吸」以降の佐伯が試みているような「定義」の歌は決して彼女の専売特許でもなく、ともすればむしろ類型化した発想の歌に陥ってしまう危険性をも孕んでいる。たとえば≪文末に(笑)を添えながらこれは燃えない部類の怒り≫(「生活と称した呼吸」)や≪掛け違えたボタンいくつか引きちぎりわたしのいないバージョンのきみ≫(「距離とは余白」)といった歌での、「燃えない部類の怒り」「わたしのいないバージョンのきみ」といった言い回し。これと似たような「定義」の構文を借りた作りの歌は、佐伯と同じ早稲田短歌会出身の女性歌人たちによって既に多く使われている。

  あれは製紙工場からの煙なんですみんなが上に行く用でなくて(山中千瀬「ここはいよみしま」12首、『早稲田短歌』39号、2010年3月)
  目の裏で制服を透明に変えてきみと忘れる用の約束(山中千瀬「きんぎょさよなら」30首、『早稲田短歌』40号、2011年3月)
  ビー玉は堕ろすね(ロング・ロング・アゴー)音のないタイプの雨が降る(山中千瀬「きんぎょさよなら」同上)
  煮えたぎる鍋を見すえて だいじょうぶ これは永遠でないほうの火(井上法子「永遠でないほうの火」『短歌研究』2013年9月号)

 否定することでかえってただの煙にいっそう死のイメージを強める「みんなが上に行く用でなくて」、最初から成就しないことを想定してなされる約束の切なさを醸し出す「きみと忘れる用の約束」、無音であることによって音楽を奏でる「音のないタイプの雨」といった山中の表現力や、預言者じみた口調で読者に直接語りかける井上の「永遠でないほうの火」の象徴性に拮抗するほどの強度を、果たして佐伯の前掲二首は獲得しえているかというと、これは甚だ心許ないのである。上句の「文末に(笑)を添えながら」という感情の機微を、どこまで「これは燃えない部類の怒り」は掬えているか。ここで試みられている「燃える/燃えない」という怒りの差異化(あるいは分類)はごくごく通俗的で、そこまで新鮮な心理描写につながっているとは思えない。「わたしのいないバージョンのきみ」というときの「バージョン」も、単にそのままでは歌として成り立たないから無理にひとひねり加えただけという感が強く、表現としての必然性には疑問が残る。
 ……と、ここまで考えたところで花束の贈呈が終わって、そろそろ授賞式もおしまいである。三つも大きな花束を抱いた佐伯紺は≪でもこれで最後だから、と花束を抱えた花のあたりが静か≫(「生活と称した呼吸」)といった具合に、緊張の授賞式も「これで最後」と少し安堵の表情をしている。しかし、ついこのあいだ僕も経験したばかりだから言うのだが、大変なのはこれからである。授賞式の後の懇親会はだいたい、食事を摂っている暇もないぐらいひっきりなしに挨拶が来て、授賞式そのものよりよっぽどしんどいのだ。そして授賞式よりもそのあとのイベントのほうが大変なのと同じく、短歌そのものも受賞作や受賞後第一作より、それ以降どのような短歌を作っていくかという、そっちのほうがよっぽど大変なのである。この論はここで、すなわち、これまで佐伯紺の発表した歌が秘めている可能性をできるだけ丁寧に追うことで逆説的に彼女が現在ぶちあたっている壁を浮き彫りにしたところで、ひとまず終わりを迎える。この壁を、この限界を彼女がいかに乗り越えていくかを期待しつつ、稿を閉じることにする。ああ、どうもみんな壇上に上がって、佐伯を囲んで記念撮影をするみたいだ。僕も行かなくては……。

月刊 吉田隼人 6月号:「ゐもり」を詠む あるいは茂吉と邦雄と『「赤」の誘惑』

藻のなかに潜(ひそ)むゐもりの赤き腹はつか見そめてうつつともなし 斉藤茂吉『赤光』


 斉藤茂吉『赤光』で「死にたまふ母」と並んで高名な相聞連作「おひろ」のうち「其の三」中の一首。夏休み中に帰省した際に、大学の生物学科に通っている上の妹から授業で解剖したという開腹されたアカハライモリの写メを(そのとき食事中だったというのに!)見せられたのをきっかけに、その帰省中に読んでいた塚本邦雄の『茂吉秀歌「赤光」百首』や、たまたま古書店で見つけて購入した碓井益雄『イモリと山椒魚の博物誌』などで目にすることになったこの歌を、今回は少しく「深読み」してみようと思う。

 『赤光』というこの処女歌集を通して「赤」の主題系に誘われるがままの視線を摘出することで、そこに「写生」という語に収まりきらない詩人・茂吉の姿を見出そうとしたのは『茂吉秀歌「赤光」百首』(講談社学術文庫版、1993年)の塚本邦雄だった。その塚本はしかし、爬虫類・両生類への嗜好が理解できなかったためか(蛇や山椒魚の登場する『赤光』中の歌についても塚本はあまり好意的なコメントを残していない)、それともあくまで彼独自の視点から百首の「秀歌」を選定するという元々のコンセプト上、塚本の眼鏡にかなわない掲出歌(あくまで同じ「おひろ」連作中の別な歌への評の過程で参考として引かれている数首のうちの一首にすぎない)にまで紙幅を費やしたくなかったためか、この種の生物に愛着を示す茂吉の感性の異常さにいささか引き気味に軽く触れて見せただけで、ここにあからさまに書き込まれているイモリの腹部の「赤」をほとんど素通りしてしまっている。
『赤光』を「赤」の主題系から辿り直すことで「写生」や「実証」に対抗しようとする塚本の論は、読者の目にはときに牽強付会にうつることさえある。先に少しだけ触れたように掲出歌は『茂吉「赤光」百首』では同じ「おひろ 其の三」中の「念々にをんなを思ふわれなれど今夜(こよひ)もおそく朱の墨するも」という一首へのコメントの途中に引かれているのだが、同じコメントの中で塚本は「朱の墨」という一語からその原料となる辰砂(しんしゃ)にまで深入りして言及していく。辰砂が硫黄と水銀からなる化合物であるが、その組成についてまで「猛毒の液体金属水銀と、ソドム、ゴモラを焼いた火である硫黄を併せ持つ朱」という不吉かつ不穏なイメージを読み込もうとするのはどう考えても過剰な深読みだろう。塚本は同書中で『赤光』の別な歌に対しても同様の「過剰な深読み」を披露している。もちろん僕たち読者は寺山修司がかつて明かしてくれたように、塚本邦雄という歌人が夭逝の友・杉原一司を介して「水銀」という金属にただならぬ執着を見せ、かの『水銀傳説』なる連作、そして同名の歌集までも成したという背景を知っているから、『赤光』の背後に「赤」の主題系を読み取るのと同質の視線でもって塚本の背景に「水銀」の主題系を読み取ることで、その過剰さを彼の嗜好へと容易に還元してしまうことが可能なわけだが。
ところで、一般に写生なる手法によって事実に基づいて詠まれた歌集とされる『赤光』を「赤」の主題系から読み替えて、そこに単なる「写生」ないしは「事実」に収まりきらない詩的側面を見出そうとする塚本の姿勢は、蓮實重彦がそのフィクション論『「赤」の誘惑』(新潮社、2007年)第八章「地球儀と証言」の前半で正岡子規に対して試みた、やはり「赤」の主題系にそって随筆・俳句・短歌など子規の作品を読み替えることで、そこに一種の「フィクション」を見ていこうとする態度とどうしても重なって見えてくる。もっとも蓮實の場合はもっと徹底していて、『國文学』誌に掲載された二人の著者による子規の作品における「赤」を扱った論文を批判的に読みながら、「正岡子規」という作者の責任に回収しきれないところで「赤」が不意にテクストに顔をだす、その一瞬に生じるものをこそ「フィクション」と呼ぶわけで、同じく「赤」の主題系をたぐるようにテクストを読み進めてはいても、『赤光』の裏側に単なる写生を超えた「作家・斎藤茂吉」の無意識裡の詩法とでもいうべきものを求める塚本のそれとは、少々手つきなり目的なりが異なっていることは一応きちんと言い添えておかねばなるまい。――とはいえ、蓮實の容易に要約を許さない、読者を宙づりにしたまま進められる独特のエクリチュールについてここでこれ以上詳細に語るわけにはいかないだろうが。しかしいずれにせよ、百首のアンソロジーに自ら「一首四百字五枚」という縛りを設けたうえで評言を付している以上どうしても断片的になりがちな塚本の『茂吉秀歌「赤光」百首』を読者である僕らが補完していきさえすれば、蓮實が子規を読んでみせた手つきと同じように、作者の責任を逃れたところで不意にあらわれる「赤」の主題系を敢えて恣意的に追うことで『赤光』を一個の「フィクション」として読み替えることは可能であろう。
塚本は同書中で繰り返し、『赤光』の歌一首一首の裏側に茂吉自身の伝記的事実を見ようとする「実証主義解説者」をときに揶揄しつつ、また別なときには半ば憐れみをさえ見せながら一貫して批判している。特に実証的な考証が追いついていないこの「おひろ」という一連の相聞連作をめぐっては「写生」ならびに「実証」への批判は一段と冴えを増し、「其の一」冒頭の一首を引いてのコメントではついに次のように言い放つ。「茂吉に虚構はあり得ぬといふ確信が、奇特の士を迷はすのだ。逆に言ふなら、茂吉の歌は、このやうに、作品の成立事情や背後の事実を立証することを拒(こば)んだ時、始めて『歌』の、『恋歌』の本然に立ち帰つたのだ。『おひろ』がまことにゐたか、ゐなかつたかなど、歌の優劣とはいささかも関りのないことを、しかし、恐らく作者自身も未だ考へ得なかつた」(103頁)。ここで塚本はとりわけ相聞歌としての性格の強い「おひろ」連作を取り上げて、その虚構=フィクション性を云々するまでに至っている。
そこにきて立ち帰ってみたいのが掲出歌である。塚本は「はつか見」ただけのイモリの腹部の赤色に「うつつともなし」という「歓びのあまり夢みごこちに近い心境」を抱いてしまう茂吉の異様な感性を取り上げるに留まっているが、この「赤」の主題系としてあらわれた一匹のイモリについては、塚本が茂吉の何気ない行住坐臥の文房具の一品に過ぎなかったはずの「朱の墨」から原材料の辰砂の化学的組成にまで遡って「赤」の主題系がまとう異様な相貌を描き出そうとしたのと同様な、「過剰な深読み」のできる可能性が秘められている。
碓井益雄『イモリと山椒魚の博物誌』(工作舎、1993年)にはイモリを取り上げた文学作品の一つとして掲出歌も引かれているが、著者はそこに何の解釈も加えていない。それより同書で目を引くのはむしろ「ゐもり」が和歌をはじめとする日本古典文学において、恋愛と深く関係のある生物として取り扱われてきたことを豊富な事例とともに示す第二章・第三章である。なにぶん事例が豊富なので詳しくは当該書に当たっていただくほかはないが、簡単に輪郭だけをなぞっておくとこういうことになる。古代中国が発祥とされる「ゐもりのしるし」という、その小動物の血を肌に塗ることで女性の貞操を試すことができるという一種の呪術が日本にも伝来し、ときに「蟲のしるし」などと変形されつつも歌語として定着し、『赤染衛門集』をはじめ和歌や俳諧、川柳などに相聞的属性を帯びた用例が確認される。これは実は南方熊楠なども指摘しているように水棲両生類のイモリと屋内に棲みつくことの多い爬虫類のヤモリとを混同したもので、歌語として定着するまでに至った「ゐもりのしるし」は実はヤモリの血を用いた呪術なのだが、それはともかくとしても「ゐもり」という語彙そのものが相聞歌と関連して用いられてきたものであることは間違いない。さらに両生類のイモリ自体が、この「ゐもりのしるし」という生物の呼称の混同がどの程度まだ関係しているのかは分からないものの、生殖のさまが激しいという理由などからその黒焼きが現代に至るまで媚薬とされて有名であることなど、恋愛、それも特に激しい熱情を伴ったそれに関係するモティーフとして機能していると言うこともできるだろう。
茂吉自身が「ゐもりのしるし」あるいは媚薬としてのイモリの黒焼きについて知っていたかどうかは不明ではある(個人的には、この歌を詠むときに想定してはいないにしても、後者の媚薬については知っていたように思う)が、掲出歌が「おひろ」という相聞色の濃い連作中に置かれていることも考え合わせれば、ここにあらわれる「ゐもり」もまたその恋愛という前面に出された主題と、「赤」という歌集全体を通して裏に隠された主題系とを繋ぎ合わせうる、その一つの接点であると言っても過言ではないのではないか。そして「藻のなか」から「はつか見」えただけで作中主体を「うつつともなし」とまで言わせてしまうこのイモリの腹部の「赤」もまた、塚本が指摘するような『赤光』における「赤」の主題系の一部をなしているのであり、さらには「おひろ」連作を作者の手から恣意的に引き離して虚実のあわいへと誘う、蓮實重彦的な『「赤」の誘惑』の主題論的=テーマ批評的な読みの地平へまでも読者を導きうるような「赤」の一つであると言うことができると思う。

そういうわけで今回は、茂吉の膨大な歌の中でもさして目立った存在でもないこの一匹のイモリを捕まえて、そこから「写生」「事実」を覆しかねない力をもった「赤」という主題系にそった読解への扉を、塚本邦雄・蓮實重彦という二つの大きな名前の影を追うようにして少しばかり開いてみた。なおちなみに、塚本が『赤光』に度々あらわれる「朱の墨」の原料としてことさらに強調してみせた辰砂という物質は、『漢書』などの文献では「ゐもりのしるし」の呪術に用いる「ゐもり」にあらかじめ飲ませる餌とされていることを、僕のイモリにまつわる「過剰な深読み」と塚本の朱墨をめぐる「過剰な深読み」とをつなぐささやかな架け橋として、いちおう最後に付記しておく。

月刊 吉田隼人 4月号:包摂と破綻

ときに写実はこころのかたき海道の燃えるもえてゆくくろまつ
(井上法子「ライト・パス」『早稲田短歌』41号)


 破綻とはすなわち布地のやぶれとほころびである。

  あの陽光を浴びつづけても生きててね蕗の薹ほつれつつ咲く土(「ライト・パス」)

 井上はなぜだか世界だとか国だとか空だとか、やたらとそういう大きなものを背負いたがる。あるいは言葉を以て包みたがる。そんな小柄なからだでどうして、と思う反面、だからこそ言葉のなかに世界をつくって、それを大事に抱え込んでいたいのかも知れないとも思う。彼女の歌に出てくる大きな一般名詞は、たいがい〈わたし〉の所有下・管理下に置かれている。

  夜明けならなくてもいいよ夕映えのせかいの路地をきみにさずけて(「ライト・パス」)
  ここはわたしの国じゃないけど踏む銀杏 またおまえから数えてあげる
  夕映えのせかいでひとりぽっちでもうどんをいとおしくゆがくんだ
  僕たちの世界に棚がおちてきてゆめから淡い季節がとどく(「スプリング・アンド・フォール」)
  色づけてはならないものとして棚をひらいて これが僕たちの空
  悪さする(ことばをかくす)僕たちはあまねく町の戸棚をとじて

 そして語りかける言葉が多い。言葉はすべて命令文なのだ、とは誰が言ったのだったか。それはともかくとしても、なるほど井上の作中主体が語りかける言葉はその多くが命令文的に機能している。ある種の青春詠によく見られる高らかに歌い上げるような命令文(「左折してゆけ省線電車」「たったひとつの表情をせよ」)とは違い、静かなトーンで、対象のはっきりしない命令である。

  眼裏に散らす暗号 うつくしい日にこそふかく眠るべきだよ(「スプリング・アンド・フォール」)
  「」ってふとかなしくて優しさは透明な暴力
  誕生日(はしゃいではだめ)これからをしまい込んでおく冬の棚
  遠のいてゆく風船よおまえたちまぶしい楽章に飛んでゆけ(「ライト・パス」)
  おしずかに。たとえ浜辺にとどいてもかなしみはひた隠す潮騒
魚たちこわくはないよひるがえす汚水をひかりだらけと云って

 かくして井上は、やわらかな命令調のパロールを布のように駆使して、世界を包摂しつくそうとする。小さな世界をすみずみまで把捉して、その把捉する言葉によって命令を張りめぐらせ、健気にもそこに君臨しつづけている。この世界包摂の願望を、僕等はなにか危ういものでも見るような気分で見続けてきたのだけれど、ここにきてようやくその破綻を目にすることになった。

 それにしてもこの歌はよくわからない。批評の言葉というのはだいたい「俺はわかっている」「お前はわかっていない」「だから少しばかり教えてやる」といったような不均衡のもとに成り立っているのだと思うのだけれど、そうすると「よくわからない」などと言ってしまうともうこの文章は批評として崩壊してしまっている――というか、まさに「破綻」してしまっているのかも知れない。僕じしん、これまで何本かの批評を「俺はわかってる」という顔をして書いてきたわけだが、それは「俺は(この歌の世界をすみずみまで)わかってる」という顔をできるような対象を選んでやってきたのである。そうして取り繕ってきた批評の言葉を、しかしこの破綻している一首を前にして改めて紡ぐということになると、こちらも破綻させて向き合うのが筋というような気もする。
 そんなわけでここから先は、破綻した歌を破綻した評者が批評していくことになる。読者もこれを諒とせられよ。

「ときに写実はこころのかたき」。写実を親の仇のように憎みつづける歌人はいるのかも知れないけれど、ときどき「こころのかたき」にするというのはよくわからない。わざわざ「こころのかたき」にしなければならないほど、現代において「写実」が力をもっているのかどうかも怪しいものだし、それが力をもっているとしたら、ときどき思い出したように「こころのかたき」にするくらいでどうにかできるものでもないだろう。
 とりあえず「こころのかたき」にしてはみたものの、「写実」がそれでどうこうなるわけではない。「ときに写実はこころのかたき」と口にするとき、そこにはたぶんまず漠然とした、無対象な敵意だけが存在していて、どことなくカタキ役になっている「写実」をここでも一種の仮想敵として持ち出してきたという観がある。急に「こころのかたき」にされてしまった「写実」もいい迷惑だろうが、こちらだってあれだけ世界を包摂しようとしてきて、それがここにきて破れ、綻びはじめてしまったのである。どこかに敵意を向けないことには、そのまま自壊してしまうかも知れない。

 「海道の燃えるもえてゆくくろまつ」。海道というのが何だか知らなかったので、わざわざ調べてしまった。最初は「海棠」と勘違いしていて、なにかそういう花があるのかと思っていたのだが、字面そのままに「海沿いの道」を指す語彙らしい。東海道や南海道のような大きな「海道」があったり、またその前身となる「海道」というものがあるようで、それは井上の故郷である福島県いわき市も通っている。とはいえ「写実はこころのかたき」だそうだから、あまりそういう読み方をしてしまうと礼を失することになろう。破綻には破綻なりの礼儀があるのである、きっと。
ともかく、井上の歌の中で「海」が燃えることは今までにもあった。

おちついておやすみなさい きみのいるこの車窓から海がえるよ
炎えている海を見つめて高らかに叫べ重力「サラバワクセイ」
(「そのあかりのもとで、おやすみ」)

 海が燃えるのはわかりやすく詩的であるが、海沿いの道が燃えてしまうと詩的というよりはまず困ってしまう。僕は道が燃えているのを見たことはないが(海だってないが)、家が燃えたり森が燃えたりするのとはまた別な次元で大変なことである。もちろん本当にそこいらの道が燃えているわけではないのだろうが(ときに写実はこころのかたき!)、それにしても道が燃えているのかどうなのか言葉の上でもよくわからない。「海道の」の「の」が主格の「が」に当たる格助詞であれば海道が燃えていてもいいのだが、単に連体修飾格をつくる「の」だとすると「海道の」は単に「燃えるもえてゆくくろまつ」の位置を示すだけのフレーズともとれる。
道そのものが燃えているのではなく海沿いの道沿いに生えているクロマツが燃えているというのならだいぶ景がとりやすいのだが、しかし道沿いのクロマツが燃えているのも道そのものが燃えているのも、同じくらい困った事態である。だとすると「海道の」の「の」が主格であるかどうかはそこまで重大な欠陥ということもなさそうである。「海道」そのものが燃えているように見えるくらい「海道のくろまつ」が燃えている、という折衷的な解釈がいちばん好ましいだろう。

 そこまで「の」の解釈に惑わされたのは、続く「燃えるもえてゆく」の反復がよくわからないからである。これをたとえば「燃えるくろまつもえてゆくくろまつ」とでもすれば反復技法がよりわかりやすくなるし、何より下句の異様な破調がだいぶ収まりよくなると思うのだが、あくまでこの歌は「燃えるもえてゆくくろまつ」である。
 韻律のことをもう少し言えば、初句七音のキャッチフレーズ的な軽妙さで「ときに写実はこころのかたき」と切り込んできて、三句目「海道の」と座りのいい五音が続くまではまだ破綻がないのであるが、「燃えるもえて/ゆくくろまつ」という句またがりと見ても六・六の下句字足らずで一気に破綻がおとずれる。「もえる」「もえて」とモエという音が連打されてのち、「ゆくくろまつ」のク音の重なりを経て、不安定なまま不安定なりに流れをもって、「くろまつ」という名詞に収斂されていく。収斂されはするのだけれど、韻律面・音声面の不安定さは解消されないままだ。その不安定さ、座りの悪さはそのまま、「こころのかたき」にされたままの「写実」はどこへ行ったのかということや、「くろまつ」が海道で燃えっぱなしになっていることの、なにもかも放置されたままの不安感に通じている。いくら海沿いの道とはいえ、燃えているくろまつを放置するのはいかがなものか。
 この不安定感が「燃えるくろまつもえているくろまつ」の字余りでは出ない。体言止めに体言止めを重ねるという下句は、それはそれで反復として効果的でもあるのだけれど、くろまつという名詞が強調されすぎてしまって、炎の中で黒焦げになっていく樹木の影ばかりが視覚に訴えかけてきて、海道の向こうにとおく見えていた海や「こころのかたき」にされてしまった写実がよく見えなくなってしまう。

あくまでこの歌においては「燃える」「もえてゆく」という動詞が重なって出てくることにより、一首中にくろまつの炎上という事象の展開、さらには一個の時間性が導入されねばならなかった。「燃える」「もえてゆく」。炎上をどうすることもできず、ただ「燃える」が「もえてゆく」に移行していくのを見ていることしかできない〈わたし〉。そのどうしようもない時間は、そのまま世界を背負い、包摂しようとしてきた〈わたし〉の破綻の時間でもある。
もしかすると「もえてゆくくろまつ」は破綻してゆく〈わたし〉そのものであるのかも知れないし、そして「もえてゆくくろまつ」を見ていることしかできない〈わたし〉の無力感や無念さは、そのまま「こころのかたき」たる「写実」の無力さや無念さにまで通じているのかも知れない。そこに破綻を見てしまう僕自身もまた破綻しているのだから、「かも知れない」というこの先は、なにも言えないのだけれど。(了)

月刊 吉田隼人 3月号:おっぱいから皮膚へ

おっぱいのせいで内面的なものがうまれくる ここ ここにも皮膚が
(山中千瀬「さよならうどん博士」『早稲田短歌41号』)


 おっぱいを指す表現はあまりに多い。多いのだけれど、そこには何か同じ意味=方向性があるようでもある。それはたとえば女性性の象徴であり、女性の身体性の突端であり、豊饒の象徴であり、男性の欲望を一手に引き受けるとともにそれを反照しもする対象aであり、あらゆる哺乳動物の生命の源であり、単に重くてかさばる脂肪の塊である。

 かつてこの山中を発端に、学生短歌会の一部関係者がツイッター上で「おっぱい短歌」と称する馬鹿騒ぎを起こしたことがあって、古今東西さまざまな歌人の「おっぱい」や「乳房」を詠んだ歌が次々に紹介されたのだが、基本的にどの歌も上記の問題系に回収されうるというか、少なくとも同じ地平の上に位置していた。喪失されることで迫りくる死の、そしてそれまでの人生における女性性の象徴としてあらわれてくる中城ふみ子の「乳房」にしても、高い象徴性の中で隠喩や換喩といった言葉のハイパーリンクの網の目に回収された塚本邦雄や水原紫苑の「乳房」にしても、与謝野晶子あたりから始まる「おっぱい短歌」の座標空間の中で(負の領域を措定すれば)その位置をおよそ確定できるだろう。
 世代的に山中と近しい『町』の歌人たちに目を向けると、言葉を加速させることでどこまでも重みを引き揚げていく瀬戸夏子の「相思相愛おめでとう ミュージック・オブ・ポップコーンおよびバラバラ死体のケーキが乳房」だったり、言葉と具体的事物とのあいだの境界を意図的に曖昧化することで日常通用の言葉を失効させる望月裕二郎の「ねがいから鼻をとおしてなあ牛よおっぱいはここであっているのか」など、単純な身体の問題系から離れた「おっぱい/乳房」が見られないことはない。それでも、結局そこで問題になっているのは言葉としての「おっぱい/乳房」であって、その意味でここにある「おっぱい」は塚本・水原ラインの延長線上に捉えてもよさそうだ。

 ここに来てようやく山中の掲出歌に至るのであるが、ここで試みられているのは「おっぱい」の身体性/言語性の問い直しという、こう言ってよければ「おっぱい短歌のコペルニクス的転回」のような作業である。
 「おっぱい」には生・性・死・愛といった過剰な意味が負わされていき、さらにそこに比喩という言語的問題が重ねられることでいよいよ「おっぱい」は重みを増していく。その動きに対する性急な反動として瀬戸や望月のいう「乳房」や「おっぱい」は意味を一気に奪い去られることで異常に軽量化され、もはや「おっぱい」「乳房」という文字だけがそこにあるようですらある。重すぎるおっぱいも軽すぎるおっぱいも不便なだけだ、とでも言わんばかりに、山中は「おっぱい」にまつわる過剰な意味付けのプロセスそのものを問題化することで、短歌の文脈に「おっぱい」を回収しなおそうとしているのだ。

 山中には「おっぱいの役割は〈やわらかい〉だけでいい 夏服の白のやさしさ」という作もあるが、このあたりまさに先行する「おっぱい短歌」への宣戦布告といった観がある。掲出歌にせよこの歌にせよ、山中が「おっぱい」を詠みこもうとすると決まって歌の方が字足らずになってしまうというような印象を受けるのだが、これもひょっとすると先行する歌人たちの手になる、安定した韻律を基盤とすることで短歌的対象としての「おっぱい」に様々な意味を負わせていくという一首のパターン化した手つきに対するアンチテーゼとしての意図が込められているのかも知れない。女性性なり母性なり男性の欲望なりその哀しさなり、何かしらの意味を負わされた「重いおっぱい」がある程度の安定性をもつのに対し、その意味を問い直されたうえで改めて別個の意味を担わされつつある山中の「おっぱい」は、どこか不安定なものに見えるのも当然であるだろう。

 かように役割の再措定をおこなうだけでは飽き足らず、山中はさらに「おっぱい」に意味や役割が付与されていくプロセスそのものを解体し、再構成してしまう。それが掲出歌である。
 身体性(あるいはそれを担わされた言葉)としての「おっぱい」に先行して、そこに負わされる意味や役割や思想や心情といった「内面」がある。短歌を作る上で主体となるのは「内面」の側であり、身体の一部位たる「おっぱい」はあくまで歌の中に取り上げられる客体にすぎなかった。
 そうした二元論的な構図をまず山中は逆転させ、「おっぱい」が原因となって「内面」が生じるという、因果関係の転倒をおこなう。とはいえ、それだけでは足りない。身体性だなんだと言っても、結局その身体を捉える「内面」が短歌においては圧倒的に優位を占めているという構図がある。結局、立場を逆転させたところで同じ二元論的構図に固執しているのには変わりないのであって、それでは「おっぱい」を既存の短歌的座標から解放することにはならない。

 そこで持ち込まれるのが「皮膚」である。「おっぱい」と「内面」を形成する、その二元論的構図を確定しようとする境界線。第一義的にはそれこそが「皮膚」である。しかしこの歌の中で捉えられる「皮膚」は境界線から境界面へと変貌を遂げていく。おっぱいと内面、身体と精神、客体と主体……といったものを裁断していく「線」から、それらを同じ平面上に等価に還元してしまう「面」へ。「おっぱい」も「内面」も、結局は「皮膚」という巨大な平面が折り畳まれたり重ね合わされたり皺になったり襞になったりすることで生じる、いわば小波のようなものであって、きわめて可変的なものである。
 さらに話を拡げてしまえば「おっぱい」も「内面」も、〈われ〉も〈世界〉も、全ては一個の巨大な「皮膚」の表面で生成されたり展開されたりする〈襞〉の変転にすぎない。およそ我々が境界線によって既に区分されてしまって変更が効かないと思い込んでいるありとあらゆる事物が、実はきわめて可変的で折り畳んだり展いたりできる同一平面上の〈襞〉だという、これはドゥルーズがライプニッツやフーコーの哲学、あるいはミショーなどの詩作品・絵画作品を読み解いていく過程で見出したコンセプトであるけれども、山中の短歌世界もおよそこうしたコンセプトのもとに成り立っているように思われる。

  (ぼくたちは全ての物語の模倣)雪の降る日に手をつないだの
  こわされるほうのかかりに任じられ少女たち、おそろいの夢たち
  カーテンとドレスはちがう 熟れていくからだに巻き付けたってちがうの
  ユリの花のめしべおしべおしべおしべ……なんでも溶かす水は理科室
  相似形の影を踏み合いこれからもあたしたちひとりひとりがひとり
  こっぱみじん みじんこ しんこうしば しばし待てば君よりの駅につきます
  あれは製紙工場の煙なんです。みんなが上に行く用でなくて

「わたし」と「あなた」の区別に乏しい「あたしたち」「少女たち」「ぼくたち」といった交換可能な人物像は、自他の差異が結局は皮膚上の襞に過ぎないと知っているからこそのものだろう。男女の性差や恋愛も、歴史や物語も、人間と動物も、何なら「生と死」さえも、「展いたり畳んだりできる襞」から生じた作用にまで還元されていく。特にその折句への偏執において最大限に発揮される異様なまでの句割れ・句またがりにも、5・7・5・7・7の31音をひとつの堅固な一行詩と見たり、逆に一句ごとにぶつ切れになった五つのパーツの集積と見たりするのではなく、可塑的な一枚の布、一枚の皮膚と見ているからこその韻律感覚であろう。主体と客体、我と汝、男と女、雄と雌、歴史と物語、人間と動植物、生者と死者……これらの境界線は破壊したり、無効化したり、転倒させたり、侵犯したりすれば、むしろ「境界線の不在」として存在感を増していく。そこで山中は境界線などないのだと、そこにあるのは展げてしまえば一枚の皮膚になる無数の〈襞〉にすぎないのだと静かに喝破し、無邪気な子供のふりをして好き勝手に展開したり重畳したりすることで世界のアレンジメントをいつのまにか作り変えてしまうのだ。あたかも世界という巨大な皮膚で、ドゥルーズがライプニッツ論『襞』で用いた比喩を借りれば、まさに「日本の折り紙遊び」をしているかのように。
 山中の短歌に見られる特異な身体性(身体なき身体性とでも呼ぶべきだろうか……個別の身体へと還元されない非人称的な身体性)やさまざまな境界の曖昧さ、あるいは言語感覚といった特徴を読み解いていく鍵が、恐らくはこの「おっぱいから皮膚へ」向かう一首の中に見出される、といっても言い過ぎではないだろう。(了)
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